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simplestarの技術ブログ

目的を書いて、思想と試行、結果と考察、そして具体的な手段を記録します。

人工知能:歴史から学んでみる

AI

なぜ人工知能(AI)について調べているのか?
ここまでの経緯(いきさつ)を紹介します。

最初は音声認識を使って、マイク入力をテキストに起こすところからスタートします。
simplestar-tech.hatenablog.com
起こしたテキストをコンピュータにしゃべってもらうことを目的に調べ、VOCALOIDが使えない(使いづらい)ことがわかり
simplestar-tech.hatenablog.com
CeVIOがいい感じであると確かめます。
simplestar-tech.hatenablog.com
実際にしゃべった内容をオウム返しするプログラムも公開しました。
simplestar-tech.hatenablog.com

ここで、オウム返しではなく、人工無能と呼ばれるbotなどの機能で適当に返事をするAIを作ろうと思いましたが
突発的な衝動で3層ニューラルネットワークプログラムを作成、公開します。
simplestar-tech.hatenablog.com

ここで心のエンジンに火が付いてしまったようで
何を間違えたのか、演繹的思考をして返事を返すシステムを目指し始めました。

最初は演繹と帰納の違いについて確認し、ほどなくひとりでに知識表現の学問が始まってしまいます。(後から知りましたが、オントロジーと呼ばれる学問のようですね)
simplestar-tech.hatenablog.com
一人で頑張ってみましたが、知識表現とその知識の利用について不透明になり、うまく言語化できなくなりました。
simplestar-tech.hatenablog.com
とりあえず知識表現を編集するUIを考え始めたのがこの記事、しかし、データフォーマットなど、考慮する項目が広がり、長い構想に入ってしまいました。
simplestar-tech.hatenablog.com
そうして考えていることを友人たちに打ち明けたところ、単語に紐づくエピソードの思い起こしが重要なのでは?と教えてもらいます。
simplestar-tech.hatenablog.com

自分以外の人と話をすることで、目指している動作ははっきりしていても、それを動かす知能というものが何なのか、わかっていないことがハッキリします。
人間の知能や人工知能の研究において、先人たちのアプローチというものが、どういうものなのか興味が湧いてきました。

この60年の人工知能の歴史を学び始めます。人工知能の歴史やビッグデータ利用の書籍、ここには示していませんが深層学習という書籍も読んでいます。
simplestar-tech.hatenablog.com

そして今に至ります。
ちょうど1960年代の研究内容を確認している最中といったところです。

勉強しながら続きを書いていきます。

【手段目標分析】
例えば、「風が吹けば桶屋が儲かる」という考えに至るように計算する手法のこと。
1.風が吹けば土ぼこりが立つだろう
2.土ぼこりが目に入って、これを原因に目が見えなくなる人がほんの少し増えるかもしれない
3.運悪く盲人となってしまった人は三味線を買うかもしれない(盲人が就ける職に由来)
4.三味線が必要となれば、それに使う猫皮が必要になるわけで、ネコが狩られることになる
5.ネコが減ればネズミが増えるだろう
6.ネズミは桶をかじるわけで、桶がダメになる確率が増えるだろう
7.微々たるものかもしれないが、この道筋を通った事象について言えば桶の需要が増えてくる。つまり桶屋が儲かるのだ
風が吹けば桶屋が儲かる - Wikipedia
より

祖父の代では桶屋だったので、関係ない話ではないなぁと感じますが、こういうのはよく
誤謬(ごびゅう)、詭弁(きべん)と捉えられることが多い。

実際土埃が目にはいることで目が見えなくなることなんて無いだろ、と思うわけですが、ドミノ理論というものがあり
例えば、イラク民主化が起きることにより中東全域に動きが広がることを期待して(確率がどれくらいかは不明、しかし0ではなさそう)
こうしたドミノ理論が支配的となって、イラク戦争が起きたそうな
ドミノ理論 - Wikipedia
より

手段目的分析というのは
ある事象が起きた時、その結果として何が起きるのかを定義すると
その結果をある事象の原因とした時、その事象の結果が次の事象の原因となって
巡り巡って、目的が達成されると推理する手法
目的となる事象の原因を挙げ、その原因となる事象の原因を挙げていく探索もこの手法と捉えられる。

(具体的な例を示すと、ハノイの塔の解法を見つけ出す手法がそれ
目標となる状態がわかっている場合、これを解くための直前の条件を列挙し、その直前の状態になるための条件を列挙し、いつか初期状態になるまで列挙し続けるという手法です。)

他にも、迷路のゴールがわかっていて、そのゴールから出発してスタート地点を目指す方法とも言える。
手段と目的が迷路のスタート地点とゴール地点であり、途中の事象と結果の部分が迷路の分岐点と捉えるなら、これは単なる迷路解法と捉えることもできるだろうというのが、私の見解である。
色々な道筋を通って目的を達成できる可能性もあるので、手段目的分析の方が解くのに時間がかかり、正解を与えづらい問題とも捉えている。

自然言語処理
このブログの文章もそうだが、私は思考と呼ぶ眼の奥の脳で行っているだろう概念操作、イメージとアニメーションなどを一次元の記号列にしようと、長年調整してきた変換器を通して文章化している。
こうした概念の関係、構造といったもの(知識)を表現すること、つまり知識表現が人工知能には重要であると認識されるようになる。
(私も友人と話しながら、この考えにたどり着きましたが、こういう知識表現を考える学問をオントロジーと呼ぶようです。)
オントロジー (情報科学) - Wikipedia
より
気をつけたいのが、知識表現の、たとえば意味ネットワークというのはオントロジーではないのだ。
じゃあ、オントロジーってなんなんだ?

このオントロジーについて詳しくなりたいので、オントロジー研究の第一人者の溝口理一郎さんとその人の研究室出身の方の資料を読むことにしてみた。
まずはこちらを読み

www.slideshare.net
こちらを読んでみた。
http://www.ei.sanken.osaka-u.ac.jp/pub/miz/bit99.pdf
次にこちらの書籍を読もうとし…電子化されてないのでやめた。
www.amazon.co.jp

気づいたことに、私はオントロジーを使った設計というものを見ていた。
たとえば次のユースケース駆動開発の書籍は、クラス図を動的なフローから導くのにドメインモデルを構築していく流れで、オントロジーの考えを利用している。
www.shoeisha.co.jp

書籍内にオントロジーの言葉は無かったように思うが
世界を切り取る観点というものを明確にしておくことが大事で、その観点から見た世界ごとに、切り取られ方が異なる。
切り取られたクラスやクラス間の関係、クラスの属性など、こうしたクラス設計が妥当かどうかを経験則から判断するのだが、ここにオントロジーがあると私は見ている。

そして、結局自然言語処理の研究はこの1960年代の頃には、人工無能のELIZA(イライザ)が注目されつつ
概念操作を行うようなところまでは進まなかったものと、私は調べて感じている。

【マイクロワールド】
ここに来るまでに何度も登場した、「限定された世界」のこと。

どれくらい登場したか、私がこれまでに気づいて書いてきた言葉を次にならべてみよう。

演繹的思考をするAIについて考えてみる - simplestarの技術ブログ
より
・これは世界を人間が与えることで、オペレータの範囲内では矛盾の生じない記号で世界を切り分けることが可能となっているので
ある仕事が成功する条件は、それ、それを実行する条件はこれ、今すぐある仕事もそれも出来ないけど、これならできる
じゃあ、これを行うという論理思考で目標を達成するというものです。

人工知能:単語から経験に基づくエピソードが思い起こされる - simplestarの技術ブログ
より
・有限ではあるが、その限界が存在する閉じた世界の中でならば、任意の数学的推論を機械化できるということだった。
・いつぞやの表現の多様性に悩まされたことがこれに関係していて、限定した世界における限られた表現範囲に落とし込んでから
思考させることができれば、そこには機械化された仕組みによる回答が真の答えとなりうるということ
・これも、ヒルベルト・プログラムの回答から考えるに、限定された世界ならばそこに機械化された知性を作りだすことができた例といえる。

人工知能:これまでのアプローチを調べてみた - simplestarの技術ブログ
より
・これもやはり、世界が限定されているがゆえに、機械的な仕組みで思考、心というものを表現できたのだと考えます。
・限定された世界に対してのみうまく動くものでした。
・限られた世界における限られた作業しか行えないという強い制約のもとでしか、知能を発揮できなかった。

マイクロワールドは、自然言語処理をして指示に従ってマイクロワールドの世界で物を動かしたり
目的のために、手段を経路探索して見つけ出して提案したりすることを限定された世界で行うシステムである。
マイクロワールドに成功したので、次に世界を広げていこう、知識を増やそうと言う流れになる訳です。

なんていうか、マイクロワールドのことは「知ってた」と言いたい。

【AIの冬第1期 1974−1980の到来】
20年も経たずに、次のことが明らかになり、資金提供も絶たれたそうだ。
・知識表現の入力が膨大で終わらない、そもそもどういう知識表現が良いかもはっきりしない。
・コンピュータの性能限界、求める人工知能のレベルに対して、あまりにも貧弱だった。

つまり、人工知能はマイクロワールドから出られなかったのである。
楽観主義があった背景には、人は知能について無知だったことが挙げられる、と私は思った。

その後の人工知能の歴史は次の記事でまとめます。